八松美佐子

八松美佐子さん―
高知県生まれ。
濱長の若女将

「濱長」ならではの舞妓・芸妓とともに土佐伝統のお座敷遊びを―
-濱長を継いだきっかけを教えてください。
八松美佐子さん(以下Y):一番のきっかっけは、売却の話が出たことです。皆さんご存知かと思いますが、濱長は2001年に半世紀以上にわたる歴史の門を閉じました。以来7年間ほど、叔父が建物を残そうと守ってくれていたのですが、2007年に売却の話が持ち上がりました。生まれた時から現在まで当たり前のようにあった「濱長」が、人の手に渡るのはなんとか阻止しなければと思い立ったのです。
実は桜塾をオープンした1999年ぐらいに、一度若女将のお誘いを受けたのですが、その時はお断りしました。けれど、もしかしたら建物がなくなるかもしれないと思うと居ても立ってもいられなくなり、濱長の若女将として再出発することを心に決めました。この時44歳でしたね。 決断をすると、一生の目標となる仕事として、自分の仕事人生の集大成として「やってやる」という気持ちに自然となりました。
-現在の仕事で影響を受けた人、出来事などはありますか?
Y:そうですね、やはり創業者でもある祖父と祖母(大女将)の存在です。生みの苦しみというもの分かりますし、なにより半世紀以上も「濱長」の看板を守り続けてきたのですから。そして、母でもある女将の存在も大きかったと思います。
八松美佐子

―若女将になって良かったと思う瞬間を教えてください。

Y:濱長のためにということもあるのですが、一番は高知県の観光の為になっていると感じた時です。それは、これからも変わらないと思います。

―苦労した出来事などを教えてください。

Y:苦労はたくさんしましたね。いざ、再出発の話が持ち上がって半年足らずでオープンまで漕ぎつけました。この間、お客様への対応、従業員の育成、料亭としての体制、内装など、抱える仕事を言い出すとキリが無いほどありました。中でも一番苦労したことは、帳場・接客担当・厨房の足並みを揃え、伝達ルートを確立することでした。

―接客の時大切にしていることは何ですか?また、座右の銘などはありますか。

Y:座右の銘は、「臨機応変」。当たり前ですが、接客業には正解などありません。お客様に心底喜んでいただけるようにすることが私どもの使命です。なので、お客様一人ひとりに合わせた接客と機転が重要になってくると思うんです。簡単そうですが、全てのお客様に満足してもらうことは決して容易ではありません。今宵来ていただいたお客様に最高のサービスを提供するということを心がけています。

―今後の活動についてお聞かせ下さい。

Y:古きよき時代に愛された料亭文化と、現代の趣向に合わせた文化を組み合わせて、新しい料亭の形を作り上げていきたいと思っています。料亭といえば一般的にはメニューが無かったりするものですが、「濱長」では料金、メニューを明確にし、お客様に気軽に楽しんでいただけるようにもしていきたいですね。
そして今後は芸者をもっと増やして、芸者という職種に誇りが持て、憧れられるような存在にしていきたいと思っています。

―最後に読者の方へ一言お願いします。
Y:土佐に、そして若い人たちに料亭文化を継承していきたいと強く思っています。私たちの商売は芸と夢を売る職業。是非一度生まれ変わった「濱長」にお越し下さいませ。
八松 美佐子 [Misako Yamatsu]
1964年1月8日 高知県生まれ 山羊座 B型(26歳までO型と思って育つ)
1986年 濱長にてアルバイトとして勤務
1990年 ラウンジ「BeLLa」を高知市にオープン
1998年 ラウンジ「applause」を高知市にオープン
1999年 ラウンジ「桜塾」をオープン 従業員100名近くを抱える
2007年 料亭 濱長の若女将就任