ピックアップ 土佐人

Interview 001 山下一穂

PROFILE

1950年高知県高知市生まれ。幼少のころ近所の野山、川などで遊び育つ。進学と共に東京へ、その後プロのドラマーとして東京近郊各地を回る日々が続くが、ミュージシャンとしての昼夜逆転した生活が元で体調を崩し帰郷、高知市内で学習塾を開く。1981年祖母の永眠をきっかけに有機農業に興味を持ち、営農に深くこだわり生業として営むことを決意する。現在高知県北部本山町で「山下農園」を経営し、完全無農薬有機栽培の野菜を販売する傍ら高知県との共同事業として「土佐自然塾」を開校、新規就農を希望する後継者の育成と指導にあたる。また、「地方からの国づくり」を進めるため全国各地を回り公演を行っている。著書に「超かんたん・無農薬有機農業」がある。

安心・安全は当たり前。世界を変える有機農法
「食の安全」についてメディアでは連日のように様々な問題が取り沙汰されている。この度のインタビュアーである私個人、あまり自身のこととして受け止められてはいなかったのだが、年齢も40を超えると徐々に健康が気になり始め、毎日の食事が本当に体に良いものなのか多少の不安を感じるようになってきた。そんな折「超自然農法」という完全無農薬有機農法で営農をされている、業界の第一人者・山下一穂さんの取材をさせていただくこととなった。この機会にぜひプロの方の知識や思いに触れ、今後の食生活への指針にしたいと、逸る気持ちを抑え本山町にあるご自宅へと向かった。結論を先に述べると、食に関する多くの情報だけでなく、想像を絶する壮大なスケールの目標に向かって進んでおられる山下さんのパワーを目の当たりにし、改めて偉大な方なのだという事実を思い知ることとなった。それではまず、食についてお話を伺おう。
―食が繋ぐ命と命、自然の一部である人間
「食べ物は人の口に入ることで、体だけではなく心までをも育むものです。安心・安全・美味しいのは当たり前であり、それが商品の付加価値とされるのは有り得ないことだと思っています。それよりも食べ物が生まれる背景や繋がりが大事だと。例えば無農薬有機栽培で野菜を育てるのは、生きた畑からしか本物の美味しさは生まれないという理由があるから。そしてその畑は周りの環境によって作り出され、土の中に住む微生物や昆虫など様々なものたちのバランスで構築されているということ。そして作り手がどういった思いで生産に取り組んでいるかなど、1つの食べ物が生まれるまでの物語を知ってもらいたいですね。」毎日欠かさず口にする食品は命の源である。その食品が命を持たない“物質”から作られているとしたらどうだろう。命が作り出す命、繰り返される営みの中で我々も生きているのだ。そのような観点で周りを見渡すと昔は当たり前だったことが忘れ去られていることに気付いた。生命に満ちていた山、川、そして海。人々の心のふれあいも命を繋いでいくのに欠かせないものだと思う。本当の付加価値とは物の背景や繋がり、人と命を知ることから見えてくるものではないだろうか。
―切り開く道筋

現在、農園経営と土佐自然塾塾長、その他にも講演会などで全国を忙しく飛び回る山下さんに有機農法を始められた経緯を伺った。「有機農法との出会いは、体調を崩したことがきっかけで自然食品を食べるようになったことです。当時のものは味が良くなかったため好んで食べたいとは思いませんでした。しかし中には、美味しいうえに見た目も綺麗な無農薬有機野菜もありました。祖母が亡くなり、残された土地と建物をどのようにして維持していくか考えていた頃で、それなら自分で美味しい野菜を作ってみようと思ったのです。」

お祖母様の気持ちを汲み取り、受け継いだ財産を活用する手段として無農薬有機栽培での家庭菜園に着手することとなった山下さん。実際始めてみると元来の凝り性と探究心が手伝い、あっという間に栽培にのめりこんでゆく。「楽しいんですよ。それだけでなく自然の中に身を置くと体調が良くなるんです。以前から趣味で釣りや狩猟をやっていてそれを実感していました。家庭菜園の作業中にも同じ効果を感じましたから、これを職業にすれば仕事としての充実感を得ながら体調維持もできるということに気付きました。さらに別の側面から農業を見てみるとより楽しい。たとえば野菜をアートとすれば私はアーティスト。自分で作品を生み出すノウハウを積んでいく、そんなクリエイティブな一面もあるのです。いわば究極のアウトドアライフですね。」こうして就農を考え始めたのだが、いざ有機農法のノウハウを調べてみるとどこにも明確な答えはなかった。県や国にも問い合わせてみたが今ひとつ頼りない。

しかし綺麗で美味しい無農薬有機野菜を作っている人が少なからずいる、それなら自分にできないことはないと独学で栽培を進めていった。その間大変なご苦労をされたはずだが、むしろ楽しみながらノウハウを積んでいったと山下さんは語る。「当時は無農薬有機農法での営農はムリだとまで言われていました。誰に聞いてもノウハウが無い。それでも必ずこの農法で美味しい野菜ができる、自分ならできると漠然とした自信はありました。それが確信に変わった頃、本格的に就農することを決心し山下農園を始めました。」

山下さんはこうもおっしゃる。自分は型にはめられるのが嫌いで自由に生きてきた。人の後を追いかけるのが性に合わず自分の力で道を切り開いてきた。孤独を味わったこともある。しかしいつでも自分を信じてやってきた。それは決められた枠から開放される快感と、自分で何かを成し遂げることへの充実感があるからだ。その後は自分の道に賛同してくれる仲間とさらに突き進んでいくことができる、と。「現在は順調に収穫量も増え、周年栽培しています。また高知県との共同事業である土佐自然塾では全てのノウハウを塾生へ伝授しています。こんなにも楽しくて充実感を得られる有機農法。その素晴らしさを次世代へと引き継ぐのが私の役目ですから。」体調不良から食に興味を持ったことがきっかけとなり、安全で美味しく見た目にも美しい野菜を独学で創り出してきた山下さん。その道に賛同者が集まり、後継者の育成にも取り組むことができた。しかしその目には、早くも次の目標が違う角度から映っていた。

―農業を通して見る社会

自分の道を信じ、独学により道を切り開いてきた山下さん。社会全体に目を向けると、蔓延する様々な諸問題に対して農業が解決の糸口となることが見えてきた。「学習塾経営の経験から教育者の立場として現在の教育問題を見た場合、無気力な若者たちには競争心とか金銭欲、自己顕示欲といったものが無く、物事に対するモチベーションが持続しないことを感じました。これまでの教育から分かるように、過度の競争心によるモチベーションの高まりは一時的なものであって持続はしません。逆に、農業に携わるモチベーションは決して一気に燃え上がるようなものではありませんが、静かに長く持続できるのです。」

農業を含めた一次産業は本来永年に渡って続くもので、世代から世代への橋渡しが重要になってくる。その役目を、従事する者一人ひとりがそれぞれ担っているのだ。個人が積み上げてきた経験という財産を次世代の者がさらに高めて行く、そこに自分のモチベーションを見出すことができれば、静かに長く、終わることなく持続可能なのだ。「子供達に命の大切さを教えるのが教育の本質だと思います。これは言葉で伝えようとしても上手く伝わりません。体験を通じて学ぶものです。しかし現状は学ぶためのフィールドが日本全国どこを探しても見当たりません。 山や川からは生き物の姿が消え命の気配が感じられず、脈々と受け継がれていく命の尊さを知ることができません。子供達に命の尊さを教えずに詰め込み教育を続けても、豊かな人間性が育まれるはずはありません。あるいはそれを拒否する子供達が引きこもりになるのではないでしょうか。有機農業はそういった問題にも有効で、有機農法に転換した田んぼにはドジョウが戻って来ます。いったい今までどこに住んでいたのか・・・驚くほど大量に繁殖するのです。」有機農法に切り替えるだけで自然が戻り、周りの環境にまで良い影響を及ぼす。失われつつある命のサイクルまでもが戻ってくるのだ。そのことを体感できた子供達には大きく豊かな愛情や尊む心が育つのではないだろうか。

―マネージメントとマーケティング

教育だけでなく就職問題に関しても農業に解決の糸口がある。地方では有効求人数の激減により若者の就職率が低迷したまま移行している、にもかかわらず農家の後継者数は俄然減る一方だ。「農業を企業として捉えると、マネージメントとマーケティングが大切になります。マネージメントは優先順位の把握とそれの適切な遂行になりますから、収穫時期を考え畑作りから順を追って計画します。当然周年作物を収穫するのが目的ですからそれに合わせた優先順位を決めます。そして計画の遂行です。自然が相手の仕事ですから予期せぬ事態も起こりうるでしょう。あわてず冷静に状況を判断し的確に対処していくことも必要です。さらにこれらのことは複数の作物を栽培している関係上、同時進行させていく必要があります。マーケティングでは商品力をアピールするのは当然として付加価値を高めていくことが大切だと思います。これからは商品よりも作る側の人間性、生き様といったことが大きな付加価値になりうるのではないでしょうか。」

農業をそのような感性で捕らえてみると、マネージメントやマーケティングといった起業センスを学ぶことができる。尚且、環境問題にも対処でき、その知識や技術力を後継者に伝え残して行ける。モチベーションの持続、やりがいといった点で申し分のない就職先ではないだろうか。今まではこういった情報が広く伝えられていなかったので、イメージとして就農を捕らえることができなかっただけであり、今後は一般的に就職先の選択肢のひとつとして広まっていく事だろう。その際、果たして新規就農希望者を受け入れる体制はどうだろう、営農方法を学べても実践する農地がなければすぐには就農できない。「今まで数多くの方々にご理解ご協力いただいております。しかし就農希望者に対して農地が不足している状況です。今現在空いた農地をお持ちの方には、自分の子孫にこだわらず 門戸を開いていただきたいと思います。

先祖代々受け継いできた土地を他人に貸したり譲ったりすることには抵抗があるかもしれませんが、荒れたままにしておくよりも楽しんで農業をしてくれる方達に有効利用してもらう方が良いと思います。そうすれば流れは変われど、受け継いでいくという役目を果たすことになりはしないでしょうか・・・とにかくこのままでは農業が破綻してしまう。危機意識をもっていただきたいのです。」

農地を解放すればその周りに住む住民と新規就農者との交流も増え、地域の活性化にもつながるのではないだろうか。また古くから農業を営まれてきた先人たちの知恵を新たな観点で現代の農業に生かすこともでき、次世代に引き継ぐ役目も達成できるはずである。様々な鏡に農業を映してみると、各諸問題に対する解決の可能性を秘めていることが分かった。さらに無農薬有機栽培の食品が増えれば国民の健康が保たれ医療費の削減に繋がるなど、日本全体の問題にも関わってくる。そして何と、日本国内に限らず世界的な問題にも関連していることがこのたび実証されたのだ。

―その道筋は世界へ

「最近分かったことですが、無農薬有機栽培は地球温暖化に対して極めて高い抑止効果があることが農林水産省の研究により明らかになりました。今までの農薬や化学肥料に頼った農業では農地からメタンガスが出ており、このガスは二酸化炭素の約 200~300倍の温室効果があります。同じく化学肥料を多用した農地からは一酸化二窒素が排出され、これも約300倍の温室効果を招きます。これらを無農薬有機栽培に切り替え、有機堆肥化することで全て排除できるのです。しかも有機堆肥には腐植と言う物質が生成されますが、この物質には二酸化炭素の吸着効果があることが分りました。しかもその効果は森林の約5倍との事です。この報告を受けたときは胸が躍りましたね、素晴らしいことですよ。これは今までの二酸化炭素排出を極力抑えるといった守りの体制から、積極的に排除する攻めの体制に変えることができるということです。要するに無農薬有機農業はみんなの生活や健康を守り環境を守る、そのことに世界規模で貢献できるという事です。そしてそのことを国が認めたことも非常に重要なのです。」

地球温暖化防止は全世界共通の課題で今までこれといった解決策が見つからず、できるだけ二酸化炭素を排出しないように努めるのが精一杯であった。しかし農林水産省の調べによれば有機の農地は温暖化抑制効果が極めて高いだけに止まらず、排除できるという事だ。もしも全世界の農地が有機農法に切り替わればその効果は計り知れない。山下さんが推し進めている無農薬有機栽培が世界を救う、そのことを国が実証したのだ。インタビューの間、常に冷静に私の目を見つめ穏やかな口調で話していた山下さんだが、このときばかりは少し身を乗り出し手振りを加えながら熱く語ってくれた。

―Bad little kids
大人のふりをした悪ガキ

それではインタビューの最後に山下さん自身の思いをお聞きしたい。「私が深く自然を愛するのは、子供の頃に野山を駆け回り遊んだ記憶が原体験となっているからだと思います。自然の中に身を置くと心が安らぎ体調が良くなるのも、その記憶の追体験をしているからでしょう。それを突き詰めていくと農業にたどり着きました。その大切な自然を守り次世代に残すため、農業を軸として環境保全に努めていこうと決意しました。しかし私の行動の基本は「ノリ一発」の直感勝負なので、それが故に幾多の困難にも見舞われました。しかし私は常に “トップバッターで在りたい、カッコ悪くても塁に出て次の打者に繋ぐ役割を果たす”といった思いを抱いてここまでやってきたのです。Bad little kids 大人の分別を持った悪ガキですよ。」

「ノリ一発」と山下さんは謙遜されるが、自分の直感を信じ全力で突き進んでいるからこそ道が開けるのだろう。その為には決してぶれることのない本筋、モチベーションが必要ではないだろうか。

そして「Bad little kids」この言葉は山下さんが公演などでよく使われるそうで、子供のような感性をもった大人、そんな人間に戻れとの思いが込められている。「私が切り開いてきた方向性には次第に共感してくれる方たちが集まり、流れが大きくなってきました。これは土佐人気質だと思うのですが、最初は各々別のことに取り組みまとまりがありません。しかし向かう方向が同じなら次第に共感し合い一つの大きな流れになっていくのです。ただし大きな流れも間違った方向に向かうと大変なことになります。我々先人の役割は、正しい方向性を持った流れを創り次世代に譲り渡すことです。そのためには様々な情報に興味を示し、見極め、整理していくことが必要でしょう。」

日々大量の情報が飛び交い、真偽の疑わしい噂までがまことしやかにささやかれている現代、それをまずは受け止め自分の眼で見極める、この部分は大人の経験が物を言うところだろう。大人としての経験値と子供のような感受性、この両方を兼ね備えているのが山下さんの魅力ではないだろうか。語弊があるかもしれないが敢えて言わせていただくと、まるで「ガキ大将」のようだ。力強さと優しさ、先を見通す眼力と行動力を持った、頼りがいのある先導者だと感じた。

「私は無農薬有機農法を軸にして進んでいる全てのことが楽しいので、休日がつらく感じます。自分の目標が少しずつ達成されているのに、休んでしまうとそれが止まってしまうからです。これこそが一生続くモチベーションではないでしょうか。忙しいのが楽しいのですよ。」実はこの日の取材も、誠に恐縮なのだが予約していた歯科医をキャンセルしてまで応じていただいた。これほどの忙しい日々にも関わらず、山下さんの表情に疲れは見えない。その笑顔からはむしろ充実感に包まれた安らぎを感じるのだ。 体調の方も虫歯以外は万全だそうで、これこそ生きた畑で育った美味しい野菜をたっぷりと食べている効果なのだろう。

―最後に・・・
取材を通じ「山下一穂」というひとりの人間像を少しだが拝見させていただいた。少しというのは、短い時間では引き出し切れないほどの深く広い人生の持ち主だと解ったからだ。いつか時間が許す限りじっくりと腰を据えてお話をお聞きできればと願わずにはいられない。お忙しいなか我々の取材に快く応じていただいた山下一穂さんにこの場を借りてお礼を申し上げます。
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